春日部市史年表普及版
春日部市は、旧石器時代から今日に至るまで約3万年にもおよぶ長い歴史があり、遺跡や建造物など、地域の特性を示す文化遺産が数多く伝えられています。こうした市の歴史をわかりやすく親しみやすいように作成した『新編 図録 春日部の歴史』を基として、『春日部市史年表普及版』を作成しました。この年表の出来事や内容を調べたい方は、『新編図録春日部の歴史』(年表では「図録」と表記)の該当ページを参照してください。また、さらに詳しく調べたい方は、各時代の通史編、資料編もありますので参照してください。
なお、この年表は、年次的な事象を随時加筆して、適宜最新の情報を公開していきます。
年表(各時代模式図)

- この『春日部市史年表普及版』は、更新日現在のものです。
- 年表は、次のように表記しました。
(1) 年表の時代区分は、以下のとおりとしました。時代区分表 時代区分 具体的な年代 原始・古代
(平安時代末まで)旧石器時代~1179年(源頼朝挙兵以前) 中世(鎌倉・室町時代) 1180年~1590年(徳川家康関東入部以前) 近世(江戸時代) 1591年~1867年(大政奉還まで) 近代(明治~戦前) 1868年~1945年(太平洋戦争終結まで) 現代(戦後) 1945年(太平洋戦争終結後)~1989(昭和64年)年1月7日まで 現代(平成) 1989(平成元年)年1月8日~2019(平成31年)年4月30日 現代(令和) 2019(令和元年)年5月1日以降
(2)年号は、西暦と和暦を並記しました。
(3)春日部市に関わる主な出来事(事象)や全国の主な出来事を記入しました。
(4)指定文化財(国・県・市)の、青文字は詳細な説明先へリンクします。
(5)春日部市史の普及版である『新編 図録 春日部の歴史』(以下「図録」)の
掲載ページを記し、調べられるようにしてあります。
(6)地名や神社名は、現在の名称で表記しているものもあります。
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時代区分 |
主な出来事 |
|---|---|
| 旧石器時代 (約12万5千年前) |
春日部を含む関東平野が古東京湾(ことうきょうわん)と呼ばれる海に覆われる (図録4ページ) |
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旧石器時代 |
西金野井、内牧、花積に石器を使用した人々が暮らした (図録8~11ページ) |
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縄文時代 |
内牧で市内最古の縄文のムラがつくられる |
| 縄文時代 (約6000年前) |
気候の温暖化により、栃木県まで海が入り込む |
| 縄文時代 | |
| 縄文時代 (約3800年前) |
西親野井の神明貝塚(しんめいかいづか)で縄文のムラが営まれ大規模な貝塚が築かれる(図録14~19ページ) |
| 弥生時代 (約2100年前) |
倉常で再葬墓(さいそうぼ)が造られ、米作りの痕跡が残される(図録20~23ページ) |
| 古墳時代 (約300年頃) |
東中野に方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)が造られる |
| 古墳/飛鳥時代 (約550年頃) | 安閑天皇(あんかんてんのう)の皇后、春日山田皇女(かすがのやまだのひめみこ)の御名代部(みなしろべ)が置かれ、春日部の語原となった(一説による) |
| 古墳/飛鳥時代 (約500~600年頃) |
内牧に塚内古墳群(つかないこふんぐん)が築かれる |
| 古墳/飛鳥時代 (約600~700年頃) |
小渕などの微高地、塚崎などの台地に集落が営まれる |
| 奈良/平安時代 (700年頃) |
市域は隅田川を境に下総国と武蔵国に属する (図録38ページ) |
| 奈良/平安時代 |
宝珠花台地では、下総国分寺(しもうさこくぶんじ)の瓦が使われる |
| 奈良/平安時代 | 市域の古利根川、古隅田川沿いに河畔砂丘(かはんさきゅう)の形成が始まる |
| 奈良/平安時代 | 紀姓大井氏(きせいおおいし)の一族が市域に移住し春日部氏を名乗る (図録40・41ページ) |
| 時代区分 西暦 (和暦) |
主な出来事 |
|---|---|
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鎌倉時代 |
春日部氏の館が春日部八幡神社の近辺に築かれたといわれる |
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鎌倉時代
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源頼朝が下河辺行平(しもこうべゆきひら)に下河辺荘(しもこうべのしょう)を安堵(あんど)する (図録44・45ページ) |
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鎌倉時代 |
壇ノ浦の戦いに春日部兵衛尉(かすかべひょうえのじょう)が従軍する (図録41ページ) |
| 鎌倉時代 1247年 (宝治元年) |
春日部実景(かすかべさねかげ)父子が宝治合戦(ほうじかっせん)で三浦氏側につき鎌倉で没する(春日部氏嫡流(ちゃくりゅう)の滅亡) (図録44・45ページ) |
| 鎌倉時代 1283年 (弘安6年) |
この頃に浜川戸河畔砂丘上に板石塔婆(いたいしとうば)が造立される (図録63ページ) |
| 鎌倉時代 1306年 (徳治元年) |
香取神社(西金野井)の板屋根が葺き替えられ棟札(むなふだ)が残される (図録60ページ) |
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鎌倉時代 |
下河辺荘の万福寺(まんぷくじ)の農民たちが、堤(つつみ)用途の免除を称名寺(しょうみょうじ)(横浜市金沢区)に訴え出る (図録46・47ページ) |
| 南北朝時代 1336年 (建武3年・ 延元元年) |
後醍醐天皇(ごだいごてんのう)が春日部重行(かすかべしげゆき)に春日部郷などの地頭職を安堵する (図録48・49ページ) |
| 南北朝時代 年不詳 |
この頃に不動堂(西親野井)の板石塔婆が造立される (図録69ページ) |
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室町時代 |
常楽寺(赤沼)の銅造阿弥陀如来坐像(どうぞうあみだにょらいざぞう)が造立される (図録64ページ) |
| 戦国時代 1556年 (弘治2年) |
呑龍(どんりゅう)が一ノ割で生まれる |
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戦国時代 |
北条氏政(ほうじょううじまさ)が駿河国(静岡県)薩埵峠(さったとうげ)の戦いで戦功があった多田新十郎(ただしんじゅうろう)に感状(かんじょう)を与える(図録55ページ) |
| 戦国時代 1573年 (天正元年) |
岩付城代北条氏繁(ほうじょううじしげ)が糟ヶ邊(かすかべ)の合戦で戦功があった関根図書助(せきねずしょのすけ)に感状を与える (図録55ページ) |
| 戦国時代 1577年 (天正5年) |
武田勝頼(たけだかつより)が不動院(小渕)の西上州年行事職(にしじょうしゅうねんぎょうじしき)を認める (図録66・67ページ) |
| 戦国時代 1580年 (天正8年) |
北条氏政が不動院(小渕)の東上州年行事職を認める (図録66・67ページ) |
| 西暦 (和暦) | 主な出来事 |
|---|---|
| 1591年 (天正19年) |
徳川家康が金野井郷香取神社(かなのいごうかとりじんじゃ)(西金野井)に社領10石を寄進する (図録80ページ) |
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1592年 |
徳川家康が不動院(ふどういん)(小渕)に修験中年行事職(しゅげんちゅうねんぎょうじしき)を安堵する(図録106ページ) |
| 1600年 (慶長5年) |
関ヶ原の戦い |
| 1602年(一説) (慶長7年) | この頃に岩槻城主、高力清長(こうりききよなが)が糟壁新宿の再興を命じる (図録144ページ) |
| 1611年 (慶長16年) |
伊奈忠治(いなただはる)により粕壁宿の往還割がされ、六斎市が立てられるようになる(粕壁宿文書) (図録144ページ) |
| 1624年~1643年 (寛永年間) |
伊奈忠治が江戸川の開削に着手する (図録76・77ページ) |
| 1639年 (寛永16年) |
香取神社(西金野井)本殿の擬宝珠(ぎぼし)が寄進される (図録109ページ) |
| 1650年 (慶安3年) |
庄内領で新田検地が行われる(図録79ページ)、小島庄右衛門正重(こじましょうえもんまさしげ)が「帳奉行(ちょうぶぎょう)」を勤める(図録79・82ページ) |
| 1657年 (明暦3年) |
江戸川の開削を伝える小流寺縁起(しょうりゅうじえんぎ)が執筆される (図録82ページ) |
| 1667年 (寛文7年) |
崇蓮寺(そうれんじ)(南1丁目)の木造青面金剛像(もくぞうしょうめんこんごうぞう)が造立される |
| 1668年 (寛文8年) |
庄内領を開発した小島庄右衛門正重(こじましょうえもんまさしげ)が自ら開基した小流寺(しょうりゅうじ)(西宝珠花)に葬られる |
| 1669年 (寛文9年) |
高田三郎・中村重政が江戸から招かれ、谷原新田が開発される (図録86ページ) |
| 1689年 (元禄2年) |
松尾芭蕉が「奥の細道」の旅で粕壁宿に泊まる (図録120ページ) |
| 1695年 (元禄8年) |
市域に滞在して鉈彫の仏像(現存22体)を製作した円空が没する |
| 1697年 (元禄10年) |
銚子口村に、下間久里村(越谷市)の無双角兵衛から獅子舞が伝授される(銚子口の獅子舞(ちょうしぐちのししまい)) (図録116ページ) |
| 1697年 (元禄10年) |
粕壁宿などで総検地が実施される(粕壁宿検地帳) |
| 年不詳 | この頃に延命院(立野)の木造阿弥陀如来坐像(もくぞうあみだにょらいざぞう)が修理される |
| 1698年 (元禄11年) |
圓福寺(一の割)の厨子入木彫当麻曼陀羅図・厨子入木彫釈迦涅槃図(ずしいりもくちょうたいままんだらず・ずしいりもくちょうしゃかねはんず)が造られる |
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1702年 |
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1702年 |
この頃に愛宕神社(倉常)に酒造図絵馬(しゅぞうずえま)が奉納される |
| 1688年~1704年 (元禄年間) 年不詳 |
この頃に観音院仁王門(かんのんいんにおうもん)(小渕)が建立されたといわれる |
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1711年
(宝永8年) |
小流寺(西宝珠花)開基とされる「木造小島庄右衛門正重坐像(もくぞうこじましょうえもんまさしげざぞう)」が造立される (図録82ページ) |
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1718年 |
赤沼村に下間久里村の無双角兵衛(むそうかくべえ)から獅子舞が伝授される(赤沼の獅子舞) (図録116・117ページ) |
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1720年 |
中野村(東中野)に下間久里村の無双角兵衛から獅子舞が伝授される(東中野の獅子舞(ひがしなかののししまい)) (図録116・117ページ) |
| 1728年 (享保13年) |
丸彫庚申塔(まるぼりこうしんとう)(備後)が造立される |
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1732年 |
黒沼(内牧)が新田開発される (図録130・131ページ) |
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1737年 |
岩槻道の古隅田川渡河点(中曽根)に石橋のやじま橋が架設される(現在古隅田公園に移設) (図録96ページ) |
| 1771年 (明和8年) |
圓福寺の木造阿弥陀如来立像および両脇侍像)(えんぷくじのもくぞうあみだにょらいりゅうぞうおよびりょうわきじぞう)が江戸本所回向院(えどほんじょえこういん)で開帳される |
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1789年 |
立野天満宮本殿(たてのてんまんぐうほんでん)(立野)が再建される |
| 江戸時代中期 年不詳 | この頃に花蔵院(西金野井)の四脚門(けぞういんのしきゃくもん)が建立されたといわれる (図録105ページ) |
| 1793年 (寛政5年) |
天明の飢饉や水害時に救恤活動をした見川喜蔵(みかわきぞう)が江戸幕府に褒章され、苗字帯刀を許される (図録132ページ) |
| 1813年 (文化10年) |
この頃に西宝珠花の河岸や家の出来事などを記す長久記(ちょうきゅうき)の執筆がはじまる (図録134・135ページ) |
| 1833年 (天保4年) |
浅間社(西宝珠花)に扁額(へんがく)が奉納される |
| 1841年 (天保12年) |
旅の僧浄信(じょうしん)が養蚕豊作の占い凧を伝えたといわれる(西宝珠花大凧揚げの起源) (図録114・115ページ) |
| 1842年 (天保13年) |
観音院(小渕)の太子堂(たいしどう)を修理するため、小渕村の指物職人らが近隣の職人に寄付を募る |
| 1845年 (弘化2年) |
香取神社(飯沼)に算額(さんがく)が奉納される (図録118・119ページ) |
| 1853年 (嘉永6年) |
粕壁宿の関根孝熙が春日部八幡神社に都鳥の碑(みやこどりのひ)を造立する (図録134ページ) |
| 1860年 (万延元年) |
水角神社(水角)の富士塚(ふじつか)が築造される (図録112ページ) |
| 1867年 (慶応3年) |
大政奉還(たいせいほうかん) |
| 西暦 (和暦) |
主な出来事 |
|---|---|
| 1868年 (明治元年) |
戊辰戦争(~1869) |
| 1871年 (明治4年) |
廃藩置県により市域は、埼玉県と印旛県になる(11月14日) (図録146・147ページ) |
| 1872年 (明治5年) |
粕壁郵便取扱所・西宝珠花郵便取扱所が設置される(7月1日) (図録166・167ページ) |
| 1872年 (明治5年) |
粕壁学校が最勝院(粕壁)に設置される(10月1日) (図録156・157ページ) |
| 1873年 (明治6年) |
小学校が各地で創立される (図録156・157ページ) |
| 1877年 (明治10年) |
内国通運会社が江戸川に通運丸を就航させる 市域では、西金野井と西宝珠花が寄港地となる (図録159・162~165ページ) |
| 年不詳 | この頃に藤塚村字六軒で農家の副業として木櫛作りがはじまる |
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1889年 |
町村制に伴い、現市域に町村が誕生する (図録168・169ページ) |
| 1891年 (明治24年) |
倉松落大口逆除樋管(くらまつおとしおおくちさかよけひかん)(めがね橋:八丁目)が築造される (図録178ページ) |
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1892年 |
中川が流れる水角に五ヶ門樋が築造される (図録178ページ) |
| 1893年 (明治26年) |
千住馬車鉄道が千住-粕壁間で開業される (図録182・183ページ) |
| 年不詳 | この頃に宝珠花の大凧揚げが、上町・下町一張りずつの大凧を揚げるようになったといわれる (図録114・115ページ) |
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1899年 |
東武鉄道が北千住ー久喜間で開通し、粕壁駅が開業する (図録184・185ページ) |
| 1899年 (明治32年) |
県立第四中学校(現春日部高校)が創立される (図録204・205ページ) |
| 1909年 (明治42年) |
新方領耕地整理事業が起工する(1909(明治42)年10月20日~1916(大正5)年3月27日竣工) (図録180・181ページ) |
| 1910年 (明治43年) |
明治43年の水害で市域の低地部が罹災する (図録176・177ページ) |
| 1911年 (明治44年) |
粕壁町立実科高等女学校(現県立春日部女子高校)が創立される(5月16日) (図録206・207ページ) |
| 1915年 (大正4年) |
県内唯一の公営電気事業が粕壁町で開始される (図録186ページ) |
| 1922年 (大正11年) |
内務省薬用植物園が粕壁に設置される |
| 1923年 (大正12年) |
関東大震災で市域が罹災する(9月1日) (図録198・199ページ) |
| 年不詳 |
この頃に榎囃子神楽連は、専業の神楽師から面芝居を伝授される (図録234ページ) |
| 1928年 (昭和3年) |
牛島のフジが国指定天然記念物になる |
| 1929年 (昭和4年) |
加藤楸邨が旧制粕壁中学校(現春日部高校)へ赴任し、俳句をはじめる (図録214・215ページ) |
| 1929年 (昭和4年) |
北総鉄道(同年、総武鉄道に改称、現東武鉄道野田線)が大宮-粕壁間で開通する (図録193・194ページ) |
| 1930年 (昭和5年) |
総武鉄道が粕壁-清水公園間で開通する (図録194・195ページ) |
| 1934年 (昭和9年) |
木崎出身の作家三上於菟吉著「雪之丞変化」が朝日新聞で連載される (図録214ページ) |
| 1941年 (昭和16年) |
対米英開戦(太平洋戦争) |
| 年不詳 |
この頃、東京浅草の押絵職人が粕壁に疎開し、押絵羽子板の産地となる (図録262ページ) |
| 1944年 (昭和19年) |
粕壁町と内牧村が合併し、春日部町が誕生する(4月1日) (図録226・227ページ) |
| 1944年 (昭和19年) |
蓮華院(大衾)のムク(れんげいんのむく)が県指定天然記念物になる(3月31日) |
| 1945年 (昭和20年) |
太平洋戦争が終結する(8月15日) |
| 西暦 (和暦) |
主な出来事 |
|---|---|
| 1947年 (昭和22年) |
新学制の発足に伴い、春日部・豊春・幸松・豊野・武里・富多・宝珠花・南桜井中学校が創立される(4月1日) |
| 1947年 (昭和22年) |
カスリーン台風によって利根川の堤防が決壊し、市域の低地部が洪水にみまわれる (図録248・249ページ) |
| 1948年 (昭和23年) |
新制高等学校設置が認可される(現県立春日部高校、現県立春日部女子高校)(4月1日) (図録240ページ) |
| 1949年 (昭和24年) |
粕壁駅が春日部駅に改称される(9月1日) |
| 1950年 (昭和25年) |
江戸川の河川改修が行われ、西宝珠花村の市街地が移転する (図録248・249ページ) |
| 1954年 (昭和29年) |
昭和の大合併で、春日部市、庄和村が誕生する(7月1日) |
| 1954年 (昭和29年) |
満蔵寺のお葉附きイチョウ(まんぞうじのおはつきいちょう)が県指定天然記念物になる(10月23日) |
| 1955年 (昭和30年) |
牛島のフジが国指定特別天然記念物になる(8月22日) |
| 1955年 (昭和30年) |
やったり踊りが県指定無形民俗文化財になる(11月1日) (図録114・115ページ) |
| 1955年 (昭和30年) |
碇神社(粕壁東)のイヌグス(いかりじんじゃのいぬぐす)が県指定天然記念物になる(11月1日) |
| 1960年 (昭和35年) |
桜井村の一部(倉常・芦橋・木崎)が庄和村に編入される(11月3日) (図録251ページ) |
| 1964年 (昭和39年) |
東京オリンピックが開催される(10月10日) |
| 1964年 (昭和39年) |
町制施行により庄和町が誕生する(4月1日) (図録250・251ページ) |
| 1966年 (昭和41年) |
武里団地の入居がはじまる (図録270・271ページ) |
| 1966年 (昭和41年) |
地下鉄日比谷線が北春日部駅まで乗り入れする (図録272・273ページ) |
| 1967年 (昭和42年) |
大沼運動公園グラウンドが完成し、埼玉国体(高校と一般女子のソフトボール会場)が開催される (図録276・277ページ) |
| 1967年 (昭和42年) |
国道16号バイパスの一部が開通する(小渕~さいたま市宮ヶ塔)(図録272・273ページ) |
| 1971年 (昭和46年) |
春日部市役所が西口へ移転する(1月18日) (図録276ページ) |
| 1971年 (昭和46年) |
市内で最初の公民館が開館する(粕壁・内牧・豊春・武里・幸松・豊野)(2月1日) |
| 1971年 (昭和46年) |
春日部駅西口が開設される(12月1日) |
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1972年 |
備後小学校・八木崎小学校が開校する(4月1日) |
| 1973年 (昭和48 年) |
市民体育館が開館する(12月15日) |
| 1975年 (昭和50年) |
金野井大橋が完成する(国道16号バイパス) |
| 1977年 (昭和52年) |
国道4号バイパスが完成する(越谷市~下柳) (図録272ページ) |
| 1978年 (昭和53年) |
桐箪笥・桐箱・押絵羽子板が埼玉県の伝統的手工芸品に指定される(4月1日) |
| 1979年 (昭和54年) |
西金野井の獅子舞(にしかなのいのししまい)が県指定無形民俗文化財になる(3月27日) |
| 1980年 (昭和55年) |
春日部桐箪笥が経済産業大臣指定伝統工芸品となる(8月3日) |
| 1982年 (昭和57年) |
「市民藤まつり」がはじまる |
| 1982年 (昭和57年) |
榎の囃子神楽(えのきのはやしかぐら)、倉常の神楽囃子(くらつねのかぐらばやし)が庄和町指定無形民俗文化財になる |
| 1983年 (昭和58年) |
市民武道館が開館する(2月10日) (図録280ページ) |
| 1983年 (昭和58年) |
市民文化会館、新市立図書館が薬草園跡に開所する(4月1日) (図録282・283ページ) |
| 1984年 (昭和59年) |
大落古利根川に古利根公園橋が開通する (図録280・281ページ) |
| 1984年 (昭和59年) |
庄和町体育館が開館する(5月9日) |
| 1985年 (昭和60年) |
正風館(4月13日)、庄和球場(10月1日)が完成する |
| 1986年 (昭和61年) |
不動院野の神楽(ふどういんののかぐら)が市指定無形民俗文化財になる(3月28日) |
| 1988年 (昭和63年) |
秋葉神社(中央1丁目)の夫婦松(あきはじんじゃのめおとまつ)が市指定天然記念物になる(7月25日) |
| 西暦(和暦) | 主な出来事 |
|---|---|
| 1989年 (平成元年) |
第1回庄和大凧マラソンがはじまる(5月3日) |
| 1989年 (平成元年) |
牛島野球場が完成する(6月17日)
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| 1990年(平成2年) | 大凧会館が開館する(5月1日) |
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1990年(平成2年) |
春日部市教育センターが開所する(郷土資料館、視聴覚センター、教育相談センター)(1月4日) |
| 1992年 (平成4年) |
春日部市消防本部・消防署新庁舎が開庁し、防災センターを設置する |
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1992年(平成4年) |
庄和町役場が完成する(現庄和総合支所)(1月4日) |
| 1992年 (平成4年) |
春日部共栄高校が夏の甲子園で準優勝する |
| 1993年 (平成5年) |
パサディナ市(アメリカ)と友好都市協定を締結する(7月3日) |
| 1994年 (平成6年) |
中央公民館「ウィスかすかべ」(粕壁)が開館する(5月6日) |
| 1995年 (平成7年) |
阪神淡路大震災(1月17日) |
| 1995年 (平成7年) |
地下鉄サリン事件(3月20日) |
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1999 |
総合福祉センター「あしすと春日部」が開所する(1月4日) |
| 1999 (平成11年) |
健康福祉センター「ゆっく武里」が開所する(4月1日) |
| 1999 (平成11年) |
男女共同参画推進センター「ハーモニー春日部」が開所する(12月4日) |
| 2002年 (平成14年) |
総合体育館「ウイング・ハット春日部」が開館する(4月1日) |
| 2002年 (平成14年) |
サッカーワールドカップが日韓共催で開催される |
| 2003年 (平成15年) |
学校再編により、大畑小学校、大場小学校、谷中小学校、沼端小学校が閉校(3月31日)し、武里西小学校、武里南小学校が開校(4月1日)する |
| 2004年 (平成16年) |
彩の国まごころ国体が開催される。春日部は、軟式野球・卓球の会場となる |
| 2004年 (平成16年) |
児童センター「エンゼル・ドーム」が開所する(8月1日) |
| 2005年 (平成17年) |
道の駅「庄和」がオープンする(3月27日) |
| 2005年 (平成17年) |
春日部商工振興センター「アクシス春日部」が開所する(4月26日) |
| 2005年 (平成17年) |
春日部市と庄和町が合併し、新「春日部市」が誕生する(10月1日) |
| 2006年 (平成18年) |
春日部市「市章」を制定する(3月17日) (図録292・293ページ) |
| 2006年 (平成18年) |
首都圏外郭放水路が完成する (図録293ページ) |
| 2007年 (平成19年) |
市の花「フジ」、市の木「キリ」、市の鳥「ユリカモメ」を制定する(2月21日)(図録292・293ページ) |
| 2007年 (平成19年) |
「坊荒句遺跡出土旧石器時代石器群(ぼうあらくいせきしゅつどきゅうせっきじだいせっきぐん)」を市有形文化財(考古資料)に指定(3月27日) |
| 2007年 (平成19年) |
メリーボロー市(現オーストラリア・フレーザーコースト市)と友好都市協定を締結する |
| 2008年 (平成20年) |
コミュニティバス「春バス」の運行を開始する(図録293ページ) |
| 2008年 (平成20年) |
「米島貝塚出土黒浜式土器(こめじまきづかしゅつどくろはましきどき)」を市指定有形文化財(考古資料)に指定(3月27日) |
| 2008年 (平成20年) |
市内在住の増村紀一郎氏が「きゅう漆」の保持者として国の無形文化財保持者(人間国宝)に認定される(9月11日) |
| 2008年 (平成20年) |
春日部市民の日を制定する(10月1日) (図録294ページ) |
| 2009年 (平成21年) |
「小渕河畔砂丘出土の須恵器大甕(こぶちかはんさきゅうのすえきおおがめ)」、「浜川戸遺跡出土の板石塔婆(はまかわどいせきしゅつどのいたいしどうば)を市指定有形文化財(考古資料)に指定(3月27日) |
| 2009年 (平成21年) |
「榎囃子神楽連面芝居用具(えのきはやしかぐられんめんしばいようぐ)」が市指定有形民俗文化財に指定 |
| 2009年 (平成21年) |
『クレヨンしんちゃん』が「子育て応援キャラクター」として子育てを応援(4月1日) |
| 2009年 (平成21年) |
第二児童センター「グーかすかべ」が開館する(9月1日) |
| 2009年 (平成21年) |
情報発信館「ぷらっとかすかべ」が開館する(12月16日) |
| 2010年(平成22年) | 『クレヨンしんちゃん』が「まちの案内人」として活躍開始(4月1日) |
| 2010年 (平成22年) |
「慈恩寺原北遺跡出土旧石器時代石器群(じおんじばらきたいせきしゅつどきゅうせっきじだいせっきぐん)」を市指定有形文化財(考古資料)に指定(3月26日) |
| 2010年 (平成22年) |
新春日部市施行5周年記念式典を挙行する(10月1日) (図録294ページ) |
| 2010年 (平成22年) |
庄和児童センター「スマイルしょうわ」が開所する(8月1日) (図録294ページ) |
| 2010年 (平成22年) |
かすかべ親善大使を委嘱する(10月1日) |
| 2010年 (平成22年) |
庄和図書館が開館する(11月1日) (図録294ページ) |
| 2010年 (平成22年) |
かすかべ音楽祭がはじまる(第1部 11月3日・第2部 11月7日) |
| 2011年 (平成23年) |
東日本大震災(3月11日)、市内の震度は5強を記録、市内でも計画停電が実施される (図録295ページ) |
| 2011年 (平成23年) |
「常楽寺の銅造阿弥陀如来坐像(じょうらくじのどうぞうあみだにゅらいざぞう)」を市指定有形文化財(彫刻)に指定(3月29日) |
| 2011年 (平成23年) |
東部地域振興ふれあい拠点施設「ふれあいキューブ」が開館する(11月14日) (図録296ページ) |
| 2012年 (平成24年) |
「圓福寺の木造阿弥陀如来立像及び両脇侍像(えんぷくじのもくぞうあみだにゅらいりゅうぞうおよびりょうわきじぞう)」、「崇蓮寺の木造青面金剛像(そうれんじのもくぞうしょうめんこんごうぞう)」を市指定有形文化財(彫刻)に指定(3月27日) |
| 2013年 (平成25年) |
「長久記(ちょうきゅうき)」を市指定有形文化財(古文書)に指定 「めがね橋付倉松落大口逆除之碑(めがねばしつけたりくらまつおとしおおぐちさかよけのひ)」を市指定有形文化財(建造物)に指定 (3月25日) |
| 2014年 (平成26年) |
見川喜蔵墓及び見川家五輪塔(みかわきぞうはかおよびみかわけごりんとう)が市指定有形文化財(歴史資料)に指定(3月25日) |
| 2014年 (平成26年) |
フレーザーコースト市(オーストラリア)との姉妹都市協定を締結する(9月27日) |
| 2014年 (平成26年) |
大凧会館が東日本大震災により被災し解体される |
| 2015年 (平成27年) |
「五ヶ門樋付中庄内樋管1基、排水機場跡1基(ごかもんひつけたりなかしょうないひひかん1き、はいすいきじょうあと1き)」が県指定有形文化財(建造物)に指定(3月13日) |
| 2015年 (平成27年) |
「水角神社の富士塚(すいかくじんじゃのふじつか)」を市指定有形文化財に指定(3月25日) |
| 2015年 (平成27年) |
「浜島家住宅土蔵(はまじまけじゅうたくどぞう)」が国登録有形文化財に登録 |
| 2015年 (平成27年) |
新春日部市施行10周年記念式典を挙行する(10月1日) |
| 2015年 (平成27年) |
春日部市の歌「心の空」を発表する(10月1日) (図録297ページ) |
| 2016年 (平成28年) |
春日部市立医療センターが開院する(7月1日) |
| 2016年 (平成28年) |
中川低地の河畔砂丘群 浜川戸砂丘(なかがわていちのかはんさきゅうぐん はまかわどさきゅう)が県指定天然記念物になる (3月15日) |
| 2017年 (平成29年) |
「神明貝塚出土の堀之内式組合せ土器(しんめいかいづかしゅつどのほりのうちしきくみあわせどき)」を市指定有形文化財(考古資料)に指定(3月28日) |
| 2018年 (平成30年) |
「木櫛製作用具(きぐしせいさくようぐ)」が市指定有形民俗文化財に指定(3月27日) |
| 2018年 (平成30年) |
子育て世代包括支援センター「ぽっぽセンター」が開設する(4月21日) |
| 2019年 (平成31年) |
めがね橋(旧倉松落大口逆除)付倉松落大口逆除之碑(めがねはし(きゅうくらまつおとしさかよけ)つけたりくらまつおとしさかよけのひ」が県指定有形文化財(建造物)に指定(2月22日) |
| 2019年 (平成31年) |
「都鳥の碑(みやこどりのひ)」が市指定有形文化財に指定(3月26日) |
| 2019年 (平成31年) |
学校再編により、谷原中学校・中野中学校が閉校(3月31日)し、春日部南中学校が開校(4月1日)する |
| 西暦 (和暦) |
主な出来事 |
|---|---|
|
2019年 |
令和元年東日本台風(台風19号)により、市域で避難所66か所を開設する(10月13日) |
| 2020年 (令和2年) |
新型コロナウイルスの感染が広がる |
| 2020年 (令和2年) |
「神明貝塚(しんめいかいづか)」が国記念物(史跡)に指定(3月10日) |
| 2020年 (令和2年) |
「小渕太子堂奉加帳(こぶちたいしどうほうがちょう)」を市指定有形文化財(歴史資料)に指定(3月25日) |
| 2020年 (令和2年) |
東京オリンピック・パラリンピックが翌年に延期される(3月24日) |
| 2021年 (令和3年) |
春日部市民憲章を制定する(1月1日) |
| 2021年 (令和3年) |
春日部駅付近連続立体交差事業着工記念式典を挙行(3月30日) |
| 2021年 (令和3年) |
「木造小島庄右衛門正重坐像(もくぞうこじましょうえもんまさしげざそう)」を市指定有形文化財(彫刻)に指定(4月22日) |
| 2021年 (令和3年) |
東京オリンピック開催(7月22日~8月8日) |
|
2022年 |
「神明貝塚5号墓出土装身具及び副葬品」(しんめいかいづかごごうぼしゅつどそうしんぐおよびふくそうひん)を市指定有形文化財(考古資料)に指定(4月17日) |
| 2023年 (令和5年) |
春日部市役所新庁舎完成記念式典を挙行(12月16日) |
| 2024年 (令和6年) |
「小流寺の木造聖徳太子立像」(しょうりゅうじのもくぞうしょうとくたいしりゅうぞう)、「観音院の木造聖徳太子立像」(かんのんいんのもくぞうしょうとくたいしりゅうぞう)を市有形文化財(彫刻)に指定 |
|
2025年 |
「馬場遺跡出土旧石器時代石器群(ばばいせきしゅつどせっきじだいせっきぐん)」ほか1件を市有形文化財に指定 |
| 2025年 (令和7年) |
新春日部市市制施行20周年記念式典を挙行する(10月4日) |
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更新日:2026年09月18日